おじいちゃんが洗濯機デビューした

 

 

 

 

 

それは雨上がりの晴れた日の午後のことだった 

父(義父)が離れから主人の作った渡り廊下をコツコツと杖の音を響かせながら母屋にやってきた。
父「えりさん、洗濯機の使い方を教えてくれんかのう」

私「えっ お父さんやるんですか?」

父「うん わしの下着くらい 自分で洗ってみるわ」

私「やっと暖かくなったから そろそろ良いかもしれませんね」

離れの洗濯機は家の外のベランダに置いてあるから 以前からその気持ちはあったものの暖かくなってからと思っていたらしい。

自分から何かやることを求めて来るというのは かなり前向きな事なので
嬉しくなった私はいそいそとおじいちゃんと離れに行った

私「まず蓋を開けて・・・・」
父「蓋はどうやって開けるんかのう」

本当に何も知らないんだ
私「次に洗濯物を入れて・・」

父「これでいいのか?」と恐る恐る入れている父がなんだかかわいく見えてくる
ばかに丁寧に入れている
父「広げて入れた方がいいんだろ?」

いつもガバッと入れてしまう私なので「そうか」と逆に教えられた気分だ。

私「はい ここに洗剤をいれて」
父「洗剤ならここにあるぞ」と父が取り出したのは 何と漂白剤のボトルだった。

私「はい 次は蓋を閉じたら ここのボタンを押して」

電源のボタンには入・切と表示されている。
一つのボタンをぽんと押すだけなのに 今は入だなと一生懸命 切の文字に触れないようにしているのでなかなかスイッチが入らない

私「お父さん 今は電源を入れるときだからこのボタンをぽんと押せば自然に電源が入るから 切の文字は気にしないで大丈夫です」

父「そうか・・」
私「そしたら次はスタートボタンを押してね。

父「あっ 水が出てきた 水道の蛇口はかまわなくていいのか?」

私「ここに30分と出てるから 30分したら終わるからねー」
父「ありがと ありがと」

87歳にして初めての洗濯機デビュー・・自分でやってみようとするその気持ちには頭が下がるが 今まで全部おばあちゃんがやってくれていたんだという事をあらためて知った。

夕食の時その後の洗濯劇の結末を聴いてみた。
私「おじいちゃん 洗濯物は大丈夫でした?」

父「途中で心配になって見に行ったらまだ15分しか経ってなかったから、また見に行ったよ」
私「ちゃんと干せれた?」

父「干したけど 何か黒い点々がいっぱいついていた」

そうかおばあちゃんがいなくなってから離れの洗濯機は使っていなかったので 洗濯槽にカビが生えてしまったんだな

「洗った後 蓋を開けておくと良いかもしれないですね」
「そうか・・」

それで夫を待っている間に洗濯の順番のイメージトレーニングをしようと思い立ち「お父さん今日の洗濯機の使い方を思い出してみましょうか?」
と提案する。
「えーとまずは蓋を開けるんだったな・」

言葉を詰まらせながら、私の誘導で思い出そうとしている。

「もう一度 一緒に見てもらわないと 自信がないなー」
「はいはい何度でも 行きますよ」

ここで私は実感した。日常生活の中で今までやったことがないことに挑戦する事が一番脳トレになるんだと言うことを

しかも自分からその気になったおじいちゃんはやっぱりすごいと思ったので
「お父さん すごいですね! お父さんが洗濯してくれたら私助かります」と素直に褒めると
思わずおじいちゃんが言った

「OK牧場!」

父との夕食時の会話が楽しみになってきた